鳥取地裁裁判傍聴記(2)

 鳥取地裁上田美由紀被告事件裁判傍聴記() 

 2012124日鳥取地裁は、75日間に及ぶ裁判員裁判において強盗殺人罪等で公訴提起された上田美由紀被告に求刑通り死刑判決を言渡した(平成21年(わ)第156号、第171号、第184号、平成22年(わ)第5号、第10号、第24号、第39号、第47)。鳥取地裁での死刑判決は、義理の両親に対する尊属殺人未遂及び義理の姉夫婦に対する殺人罪に問われた事案以来53年振りである(鳥取地裁昭和34324日判決、下刑集161468)。本傍聴記では、20回開廷された公判の11回の傍聴を通して裁判員裁判に内在する問題点を法曹3者等に焦点を当て報告したい。

 第1は、2010118日から2012919日まで28ヶ月42回の長期間に亘る公判前整理手続きが行われた点である。当初、上田被告は、詐欺容疑で拘留中に摩尼川事件の捜査が行われ、殺人罪容疑の固まった2010128日殺人罪で逮捕され、更に北栄町事件の捜査が行われ、殺人容疑が固まった同年33日殺人罪で再逮捕された。公判前整理手続きの争点の中核は、2件の強盗殺人罪の犯人性であり、被告弁護人の否認事件である。検察官は上田被告の単独犯とのストーリーであり、弁護人は同居の男性の単独犯とのストーリーを展開し、真っ向から相反する犯罪構図を構築した。

 第2は、本件裁判は強盗殺人行為と被告人を結ぶ直接証拠の存在しない状況証拠のみに基づき被告人の罪責を問う事案である。検察官は、被告人の犯罪事実を証明する義務を負い、弁護人は、検察官の主張の合理性に疑問を提起し被告人の犯人性を否定すれば足りる。本件裁判のポイントは、検察及び弁護双方が相反するストーリーを展開する中で双方の主張の何れが裁判員の理解を得るかにある。被告人は、第1回公判の罪状認否で「2件の強盗殺人については、私はやっていません。詳しいことは弁護士の先生が説明します。」と供述し、公判では弁護人がどのように犯人性を否定するかが注目された。弁護人は、被告人が犯人であるとの検察官の主張一つ一つに疑問を提起するとの弁護方針を取ることなく、犯人は同居の男性であると実名を挙げてストーリーを展開した。このような弁護方針からは、弁護人が同居の男性が犯人であるとの決定的証拠を把握した上での主張であるものと推認され公判の進展が注目された。弁護人は、第15回公判で被告人の黙秘権行使を理由に弁護人による被告人質問を行わないと述べ次回に予定されていた公判が中止された。被告人は、検察官及び裁判官による被告人質問にも黙秘し、最終陳述において「2件の強盗殺人についてはわたしはやっていません。」と供述するに留まった。弁護人は、第19回公判の弁護側最終弁論において弁護側方針変更の理由について、法廷で証言した警察官と同居の男性が協力して嘘をつき、妻が待つ同居の男性を救うために被告人のみを強盗殺人の犯人に仕立てあげたと主張した。弁護人の同居の男性が犯人であるとのストーリーの根拠としては、裁判員を説得するに十分であるかは疑問である。なお、弁護人は、成立を認めている7件の詐欺事案について被告人の情状に論及することなく弁護活動を終結させている。

 第3は、判決は強盗殺人罪に問われた摩尼川事件の公訴事実に記載された支払を免れた電気製品の購入代金の金額が検察官の主張する1235800円ではなく531950円と認定した点である。強盗殺人罪の犯行動機として被告人の免れた債務金額が幾らであるかは重要であり、判決は被告人の単独犯とする検察のストーリーに沿った全購入代金を否定し、検察官主張の骨子を可能な限り削ぎ落として事実認定している。

 第4は、裁判員裁判による死刑判決の是非である。裁判員裁判の対象事案は、「死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当る罪」(裁判員法第211)であり、裁判員の関与する評決に際して刑の量定について意見の分かれるときは構成裁判官及び裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見により決せられる(裁判員法672)。裁判員には、本件裁判のような状況証拠のみで事実認定しかつ被告人の黙秘権行使がなされた事案での死刑求刑に対する判断は過重な負担を強いるものであり、公判期間中のみならず事後においても心理的ケアが十二分に保証されなければならない。
 判決公判直後に裁判所会議室で開催された鳥取司法記者クラブ対象の裁判員及び補充裁判員の会見は、裁判所の慫慂もあって10名全員が出席し、1名の裁判員は氏名及び写真撮影も了解し、75日裁判の実相の一部を垣間見ることが出来た。併しながら、一つ非常に気掛かりなのは、死刑判決にも関らず最終弁論後11回の評議を重ね結論を得た達成感に由来するのか全員明るい表情で会見に臨み質問に答えている点である。死刑判決言渡しは、従来の裁判においても職業裁判官にとり非常に重圧のかかるものであり襟を正して法廷に臨むと仄聞する。裁判員及び補充裁判員は、Team Tenとの一体感のもと死刑判決の重圧から回避しているようであり、裁判官も死刑判決の重圧から裁判員との協同により結果として軽減化しているものと思慮する。なお、野口卓志裁判長は、大阪高等裁判所平成23524日第1刑事部判決及び大阪高等裁判所平成23726日第1刑事部判決で陪席判事として死刑判決に関与している。

 第5は、検察官及び弁護人は公判で被告人の犯人性を争点とし、被告人ないし同居男性の単独犯と主張していたにも関わらず、判決が両者の共謀共同正犯の成否を検討する点である。判決は、「本件の証拠関係を前提とする限り、安東について被告人との共謀共同正犯が成立すると認めるのは困難である(なお、安東に幇助犯が成立するかどうかは別の問題であるが、被告人の刑責についての判断には必要がないので、ここでは触れないこととする。)。」と判示する。判決文からは、評議の中で被告人と同居男性の共犯関係について論議されたと推測されるが、公判廷で争点として顕在化していない共犯関係についての判示は、言わずもがなである(但し、第15回公判で証人として出廷した同居男性に対し陪席判事から補充尋問で捜査段階での強盗殺人幇助の取調べの有無が尋ねられ、証人は強盗殺人幇助の取り調べの事実を肯定している。)

 第6は、本件裁判の主要な争点は被告人が2件の強盗殺人の犯人であるかにあり、その点の審理がなされた。しかしながら、7件の詐欺及び1件の住居侵入・窃盗の共犯関係にある同居の男性が、被告人の2件の強盗殺人について全く知らずに犯行現場まで呼出され迎えに行った点及び被告人の意のままにコントロールされた依存情況にあったとする点等、事件全体の構図は被告人の黙秘により未解明のまま終わってしまった。
同居男性の法廷での証言は、情況証拠に基づく本件審理において重要であるが故に、証人が証言時に仮釈放中の身分であり迎合的証言がなされていなかったかの検証も必要となろう。

 第7は、裁判報道の有り方である。本件裁判は、市民の注目を集めた裁判であり傍聴券を求めて多くの市民が裁判所に集り、傍聴希望者は第1回公判で1115名、第20回判決公判では1206名に達した。鳥取地裁第2号法廷は、傍聴席48席の小さな法廷であり報道関係に19席、遺族関係に7席が優先され市民には22ないし23席が割り当てられ48.5倍ないし54.8倍の競争率となる。更に、これら一般の22席の70%は、報道関係により動員されたシルバーセンター等のアルバイトで獲得され報道席とされている実態がある。熱心な記者による取材で正確な報道がなされている反面、市民自身が自らの目で裁判員裁判を傍聴し問題点を広く共有することも重要である。
以上は、法曹3者を含めオーバーヒートした裁判員裁判の実相の一面の報告である。

 
 最後に、本件裁判を通して顕在化した今後の課題について若干検討する。

 第1は、被告人に充実した弁護権保障のためSecond Opinionの機会を与えることを提案する。
裁判員裁判が実施されて以降、裁判員等経験者によるアンケート調査が最高裁判所によりなされ、法廷での説明等の分かりやすさの項目で検察官の説明と弁護士の説明には常に大きな開きがあり30ポイント余の差があることが報告されている。その一因は、検察庁の指揮のもと制度設計以降十二分になされた検察官の法廷活動の研修・技術の研鑚に対して弁護士の法廷技術の研鑚の不十分さにあるといえる。特に、本件裁判では、裁判員裁判における黙秘権行使が裁判員の心証形成に与える影響を等閑視したと言わざるを得ない。黙秘権は、被告人に保障された重要な憲法上の権利であり、弁護人の適切な弁護方針と相俟って有効性が担保される。被告人にとり公判廷で黙秘権行使を貫徹するか否かの判断は極めて困難であり、黙秘権行使のメリット・デメリットについての担当弁護人の説明だけでは十全ではなく、他の弁護人のSecond Opinionを受ける機会の保障が必要である。更に、死刑求刑の予測される事案では、弁護人相互で弁護方針等について徹底的な実質的論議がなされ被告人にとり充実した弁護権の保障が最優先されるべきである。同一事務所の弁護士から構成される弁護団構成のあり方を含め真摯な検証が求められ、鳥取県弁護士会も単位弁護士会として問題点の相互検討が望まれる。

 第2は、被害者参加制度で被害者遺族に付添い検察官席の後ろに在廷する弁護人の意見陳述である。本件裁判では2人の弁護士が検察官の論告求刑の後、意見陳述を行い、検察官の立証活動を賞賛し2件の強盗殺人について被告人は100%黒であると言い切る陳述をした。被害者家族をサポートする職責とはいえ弁護士の陳述としては、違和感を禁じえない陳述である。

 第3は、裁判員及び補充裁判員に対しては、継続的な充実したメンタルケアの保障の必要性を提案する。評議を十二分に尽くした直後の裁判員及び補充裁判員は、死刑判決に対しても揺るぎない自信をもっているものと思慮する。しかしながら、時日の経過の中、裁判員及び補充裁判員は、死刑執行の報道に接する度に上田美由紀被告の執行ではないかと考え、更に、実際に執行されれば心理的負担が負荷されるであろう。とりわけ、死刑制度に反対する見解の裁判員及び補充裁判員においては顕著であろう。

 第4は、裁判員及び補充裁判員へのインタビューがメディアでなされ、裁判員裁判制度検証のための重要な素材提供がなされている。裁判員裁判制度は、直接参加した裁判員及び補充裁判員の忌憚の無い率直な意見を参考により良い有り方の検討を深化していかなければならない。その際に、これらの意見は、議論の貴重な資料として活用されねばならない。

【付記】
本件裁判員裁判傍聴に際し、鳥取滞在の日々の中で30代前半の若い人々の店を開拓した。それぞれの店では地元山陰の旬の食材で美味しい料理を提供している。どうぞ自分の触角で探訪されんことを。